金のキモチ〜人間将棋体験記〜

将棋をやっている人間ならおなじみの(?)人間将棋に行ってきた。
はじめて生で見る人間将棋だが、観客としてではなく武者駒役である。
プロ棋士に動かされる役である。


きっかけは、たまたま東北の桜をネットで検索していた時に、天童市の桜まつりを見つけ、武者駒を一般募集できるサイトがあったので、ダメ元で(というか興味本位で)応募してみた。
先着順とあったので、ダメなんだろうと思っていたら、当たってしまった。仕事の面接も落ちるというのに、運だけはまだあったということか(それにしても、こんなところで運を使ってしまった)。


担当の駒も決まっていて、私は金だった。
金は4つあるのだが、私がどの金だったか言ってしまうと、どうやらどの駒が誰だか某紙の地方版に名前と年齢が出ているそうなので、明言は避ける。
別に言っていいんだけど、面倒くさいことになるかもしれないので、極力言わないようにします。


私は、どの駒も着る鎧甲冑は同じだと思っていたのだが、違った。王将がいちばんかっこいい。そうすると、隣りの金がそれに準じるのだと思っていたが、王将の次は飛車角が良い鎧だった。位より駒の働きが優先されるようだ。


去年も参加した人と何人か話ができたので、いろいろ教えてもらった。二人とも昨年は金だったのだが、若い男性の方は王将に出世したが、おじさんの方は桂馬に格下げだった。


将棋をふだんやっていると全然感じないが、”人間”が絡むと、どうしてもドラマを感じてしまう。歩なんかよく捨て駒として使うが、本番は若い女の子で(地元の短大生らしい)、やはり持ち駒として置いておきたい。天童の人間将棋は、暗黙のルールとして、「全部の駒を動かす」というのがあるが、ふつうの将棋で全部動くことなんかほとんどなく、隅っこの香車なんかは忘れられているかのように置きっぱなし、もしくは、敵に取られることを待っている駒なのである。
そんなわけで、私が金に選ばれてほんとうに良かった。攻撃でも守備でも重宝される駒だからだ。


本番は午後からだが、リハーサル・着替えは朝9時から。仙台からは始発に乗れば、ぎりぎり9時には天童に着くが、仙山線が風などで止まってしまっては元も子もないので、前日に前乗りした。
天童はそれほど大きい町ではないが、町中が将棋に包まれている。その辺には将棋の駒を模した五角形の形があふれているし、道路には詰め将棋が書いてある。それが結構難しい。この市は、将棋アレルギーの人は間違いなく住めない。
聞いた話によると、学校の授業でも将棋をやるようで、こんなところに住んでいたら、将棋が上手い人間がぞろぞろいるんだなと思うと、ちょっと怖い。
大体、無料でプロと対局できる「百面指し」に、百人以上も参加者があつまるのだから、すごい。他の市町村では考えられないことだ。
そして、もう一つの特色は温泉。温泉が良くて、はしごしてきた。
天童はすばらしい街なのだ。


生まれてはじめて鎧かぶとを着せてもらった。鎧は重いとよく聞くので、重いのかと思っていたら、重いというよりは、きつい。体をぐっと締めつけるので、重いというよりは、ロボットのような動きになってしまう。だが、自然と背筋も伸びるし、着心地は全然悪くない。ただNHK大河ドラマのように最高峰の鎧ではないので、本当の鎧はこんなものではないのだろう。


鎧を着た後は、リハーサル。パンフレットに本番の前に「入場・演武」と書いてあるのがずっと気になっていたが、「演武」とは何をやるのか。結構大変じゃないのか?と思っていた。
結局、1時間くらいのリハだったのだが、要は入場行進と、駒が盤に入る前にちょっと声をあげる部分の練習だった。我々はプロの役者でないので、大したことができるわけもないわけで簡単で安心したが、例年は素人の駒も殺陣めいたことはしたらしい。今年は、プロの殺陣師による演武だけだった。でも、見る方も駒の方にとっても、プロの演武だけで十分だと思う。今回でも結構段取りはややこしい。


本番。
着替えの場所と、会場までは距離があるので、マイクロバスで移動したが、あの衣装で狭い席は結構大変だった。
バス到着。鎧兜の武者とくれば、相当なアイドルで写真も撮られるかなと思っていたら、少なくとも私と撮ろうと言ってくれる方は一人もいなかった。まあ、総勢40人の武者がいるわけで、華やかな短大生の歩や王将、飛車角に比べたら、俺は地味っすよ。
天童市姉妹都市などの関係で、海外からの留学生を多く受け入れているようで、40枚の駒のうちで結構外国人の駒が多かった。先手玉が黒人の男性で、これがまたかっこよく、似合うのだ。
駒を選ぶ際、主催者側は名前と年齢だけで駒役を決めていったと思うが、不思議なことに、駒と人間の性格が合っているのが面白かった。ひとり香車っぽい地味な(いい味出してる)香車もいたし、「いぶし銀」という言葉がふさわしい、いぶし銀なおじさんの銀もいた。かくいう私も、女性限定の歩以外なら、気持ちも引きこもりがちな金がぴったりだなと思った。


鎧を着ていたので暑いのかなと思っていたら、そうでもなかった。ただ盤面が黄色いので、照り返しが少々キツく、「歩女子」は厳しかったかもしれない。また、後で知ったのだが、人間将棋の盤面はこの日だけでなく、常に公園に描いてあるようで、一年を通じて個人的に人間将棋することもできるようだ。まさに、将棋の街、天童。


駒組みが始まった。暗黙のルールで全ての駒を動かすというのは、つまり、ガチガチに固めるということである。確かに、長時間動かないのもアレだが、ガチガチに固めるということは、つまりなかなか終わらない、ということだ。特に先手は変形穴熊の形で、両方とも金銀四枚の堅陣となった。


ついに、開戦。歩の交換からはじまった。相手に取られていく歩を見ると、どこか悲しいです。交換ならまだいいですが、突き捨てられた歩も当然あるわけで、やっぱり将棋って怖いんだなと思いました。
後手が振り飛車で、一筋で飛車を含む中規模な交換があった。三筋で互いにと金を作り、両者とも玉に迫る。上から見れば、と金はデカいのだが、人間将棋では、ひとりの女子が敵陣深くにポツンといるわけで、どこか心細い。先手のと金は、角と交換という大活躍をしたのだが、結局は、と金となった歩女子も取られるわけで、やはり悲しいですね。


私は後手陣の金であり、中盤まではもっぱら守備につとめる。しかし、先ほど交換された飛車が打ち込まれ、竜になって、私に当てられた。今すぐ交換はないが、ゆくゆくは飛車を切られて、私も取られるかもしれない。そして、角を打ち込まれ、また私が狙われている。もう、俺はいつ取られてもおかしくない。
局面が終局に近づき、角を打ち込まれてから数手あってから、結局角を切られ、私は先手の捕虜となった。その時の状況は、先手が攻めているのだが、攻め駒が不足気味で、後手は、攻めがちょっと遅れているが、持ち駒がめちゃくちゃある(ヒマそうな武者駒がズラリ並んでいる)。
しかし、先手は勝負を決めにいき、詰みが見えた。プロどうしなら、ここで投了(自ら負けを宣言)なのだが、人間将棋は最後までやるらしい。先手の持ち駒が、飛車金で、最初に飛車が打ち込まれた。
「あれ、これ、最後俺じゃないか?」と思っていたら、予想どおり、私が呼ばれた。つまり、最終手が私であり、この戦を終らせたのは私であり、後手玉にトドメをさしたのが私である。
金に選ばれたとき、もしかしたらあるかも?と思っていたが、まさかほんとうにトドメになるとは思わなかった。会場からは拍手が起きたが、一連の手順の中で拍手が起きたのはもちろん私だけである。
さきほどまで、後手玉の守備についていた私が捕虜となり後手玉を倒す。要は、裏切り者なのだが、でも、手柄を立てたのは私なわけで、その辺も俺っぽい。


おみやげに、「買わないけどちょっと欲しい」王将の置き駒までもらい、ほんとうに楽しい人間将棋だった。
それにしても、いいお祭りだと思うし、いい街だと思う。札幌のYOSAKOIソーラン祭りは、つくづくダメだなと感じた。私のよさこいdisは尽きることがないのでやめるが、天童の市民に愛されているお祭りだなあ、と思った。


あと、駒の半分が女子の短大生ともあって、「4月だし、なんだか学校に入学したみたい」「今、大学に入りなおしたら、こんな感じなんだろうな」「ああ、若いっていいな」と少し思いました。ちなみに、高校を卒業してから8年になります。